あふれるモノコト、麻痺する五感。少ない刺激の豊かさ美しさ

お寺や教会の鐘の音が聞こえる範囲、それがひとつの “村”の範囲だった。

そんな話を、何かの本で読んだことがあります。

日本だけではなく、ヨーロッパや中国でも。
少し前の時代には、お寺や教会で鳴る鐘の音は数十キロ以上先まで響いたとか…。

「江戸七分 ほどは聞こえる芝の鐘」

これは、江戸時代に詠まれたとされる川柳です。
「江戸三大名鐘」と呼ばれた芝公園のお寺の鐘の音が、江戸の7割位の地域に響き渡っていた当時の様子が分かります。

「今鳴るは 芝か上野か浅草か」という川柳もありますが、今では鐘の音が鳴ったとしても、隣町まで聞こえることさえ稀な気がします。

聞こえる範囲が狭くなったのは、周りの音が大きくなったから。鐘の音が小さくなったのではなく、大きな音が増えたから。

溢れているのはモノだけではなく…

聞こえる耳栓「クリオネ」を買いました。
電車内で使うためです。聴覚過敏ではないのですが、大きな電子音が前より苦手になってきたので軽い対策として。

車内が閑散としていると、特定駅名のアナウンスの「あ」の母音が耳に痛く…。(「あ」の音って、口が一番大きく開くから一番響きやすい音でもある。)

電車が混んでくると、増えた布(衣類)が音を吸収してくれて和らぐのですが、空いていると音が響きすぎるようです。
そして、湿気のある夏や雨の日よりもカラッとした秋冬の方が耳に痛い感覚。

前は気にならなかった強い香りや音を「キツイ…」と感じるようになったものがいくつかあります。

この数年で食べ物や身につけるものを自然なものにしたり身体の声に「耳を澄ます」ことを意識してきた事と関係している気もしています。
五感の”鋭敏化”ではなく、鈍化した感覚の”回復”と呼びたい。

耳を守るため、電車内では耳栓をするオーケストラの指揮者がいると学生時代にピアノの先生から聞きました。当時は「そこまでするのか」と思いましたが、まさか私もナチュラルに使うようになるとは…。

上り坂、下り坂、まさか。
人生の有名な坂の一つを体験しているのであります。。。

パリや京都の街並みが美しいのは
色数が少なく調和しているから。

森で鳥のさえずりが心地よいのは
風の音さえ聞こえそうな静かな木々に小さく響くから。

松尾さんが蝉の声が岩にしみ入ると心動かされたのは、セミ以外の音がほとんど聞こえない”しずかな”場所だったから。

あふれ過ぎているのはモノや文字、画像だけじゃない。
音も香りも味も、目も耳も鼻も口も。たくさんありすぎて、自分に何が本当に大切で必要なのかが見えにくい。

最近気づいたこと。
意識的に入るものを遮断しないと、いっぱいいっぱいでゲップが出そうな状態になる事があるということ。

(「千と千尋の神隠し」のカオナシみたいな!あぁなると、自分が見えなくなるし無駄にイライラ&凹みやすくなります。

とはいえ、私もひとりの現代人。
PC無しでは食べてけないし、電子音や強い刺激もたまには楽しみます。ゴミだって、減らしたいと日々出来ることをしているけれど、丁寧にラッピングされた素敵なプレゼントを貰えばやっぱり嬉しい。

…のですが、この数年の自分を振り返ると、なにか少し。
モノのみならず、強すぎる刺激を減らしていくことは、豊かさ美しさを、静かに見えやすく感じやすくしてくれるなぁと思うのであります…。

あと、、
五感の中でも「触覚」のバリエーションは少ないような…。土いじりするか…。(でも虫こわ…。子どもの頃は平気だったから慣れなのだろうか…。ただ、最近は写真で見る分にはキレイだと思う事も出てきた。キレイな写真なら…、、。でもイモムシ系はまだダメだ、、)

あと、、
自然素材の耳栓が良かったのですが見つからず…。水洗いできて繰り返し使えるタイプなうえ、クリオネのような可愛い姿からコレにしましたが、自然素材で良いものがあれば、ぜひ教えてください♡

クリオネの商品レビューとしては…
小さくコンパクトなのはとても嬉しい!のですが、残念なことに防音力が私には足りませんでした。一定は小さくなりますが、よく聞こえてしまう耳栓かも…。電車の発射音や大きな包装・ブレーキ音等は依然キツイので次のを探します。