宇宙の音楽。星も木も生き物も、みんな動いて鳴っている。

音は振動。
腕を動かせば空気は動く。
聞こえない「音」が鳴る。

聞こえない「高すぎる」音
聞こえない「低すぎる」音

音だけれど、音にならない音。
人が聞こえる振動だけが「音」と呼ばれる。

空気は震えている。
今もここで、私には聞こえない宇宙の音楽が鳴り続けている。

木も、生き物も、星も
みんな動く。

空気を震わせて動く。
ゆっくり早く、音が鳴る。

全部まとめて聴けたなら
それはキレイな音楽かもしれない…。

天体の音楽。
星は回る、動いてる。
動くは振動、音が鳴る。

(星の音楽が聞きたい)
→人には聞こえないから、数式で理解しようとしてみた。キレイな音楽が聴きたかった(→ 数式が聴ける人は “聴けた” はず)。

…というのが、ピタゴラスのいう「天球の音楽」で、マリー・シェーファーのいう「鳴り響く森羅万象」、なんじゃないだろうか。(無知の早計だろうか違うだろうか。勘違いバンザイ♡文系女子の妄想つづくよ!)

人の耳には聞こえない音が
いつもどこかで鳴っている。

支柱に絡む朝顔のツル。
数日かけて、ぐるぐる動く。
数日かかって空気を鳴らす、音が鳴る。

台風の目。
周りはぐるぐる回ってる。
動いているから音も鳴る。

たんぽぽの綿毛の音楽。
(かるそう〜!)

数十年かけて
川辺の岩が削れていく音楽。

人が歩く、その時の音楽。
(個体差激しそう!)

これらが全部、オーケストラみたいに鳴り響く。
人は聴けない重奏低音、重奏高音、重なる和音。アリの足音、星の音、土星の輪の音、チリの舞う音。

みんながみんな、和音みたいに重なり合って、一つの音楽が作られる。(神さまはそれを聴きたかったのかもしれない。神に近づきたかった昔の人は、数学を使って音楽を”作った”のかもしれない。)

専門書を読んで訳分からぬも、面白かった仮説「超ひも理論」のヒモだって動く(=振動する・音が鳴る)なら、古代ローマの大学で数学や幾何学、天文学とともに音楽が必須科目だったのもなるほど納得♡

そんな私は、ただただ音楽に助けられてきた人ですが、美しいものに感動することは本当に、小さいけれども(強い)生きるチカラをくれると思うのです。。。

 

すこし前の日本には、実際に鳴っていない音を楽しむ「虚諧」という芸術があったという噂。

虚諧の舞台

実際には聞こえない音を感知して、競演する虚諧という、概念というか、手法というか、いずれにも解釈できる方式があった

こちらもある意味、日本式「宇宙の音楽」もしくは「自分の中に流れる音楽」を聴ける芸術だったのかもしれません。(数式のように、現代人が「聴く」のにはかなりコツが要りそうですが…)

□引用部分「見立ての手法―日本的空間の読解」磯崎新(著)、1990年、鹿島出版会。冒頭の文章は203ページ前半に記載。