数学ギライ・読書好きが「数学はアートだ」と思うまでに読んだ本

4年ほど前に、とある本を読んでから数学への見方が全く変わりました。今では真の意味での数学は「アート、芸術、美学」なんじゃないかと、思っています。

とはいえ、私は小学生からずっと、算数・数学は苦手でした。
中学高校と本気で数学を頑張るも、まったく数学を好きになれず苦手なまま…(中2の図形と証明で極々一瞬、楽しさを見いだせた時期がありますが、すぐに消え失せてしまいました…)。同じく数学が苦手な友達と「数学はもはや暗記科目だよね」なんて数学を茶化していたこともあります。

一方、音楽美術、芸術系はずっと好きでした。
大学生まではピアノの先生を目指し音楽を学んでいました。国立教育大学まで出て音楽教員免許も取るも、その後、美術&デザイン系に興味が出てグラフィックデザイナーとして社会人デビュー。その後、人はみな、多少なりとも紆余曲折あるもので現在に至ります。

そんな私が、どうしてそう思うようになったのか。
学校教育で行われる「数学」を何も克服しないまま、数学に再トライしようとも思わぬまま、説得力は微塵もないまま「数学はアートだ!」と思うまでに読んだ本を紹介します。

※学生時代の私の数学の成績を知る人に「数学はアートだ」と話すと「何をいう…」と笑われてしまいました。…が、自分が美しい曲を作れなくてもキレイな曲の魅力を語っていいように、プロ並みのイラストを描けなくても、それが素敵だと語っていいように、今からソレと似たようなことをしたいと試みてみるのです。

※いわゆる義務教育の「数学」は、私の中では芸術やアートに分類されていません。今の教科書だと「数学」科目を学んでいても、テストで試されるのはほぼほぼ「算数」能力な気がしています。数学はアートと気づいたからとて学校の「算数・数学」が楽しくなる・成績が上がるのとは、すこし別問題な気がします…と、元塾講師は語る…(学生時代のバイトの一つ)。

※記事の末尾に行くにつれ、このブログでは定番・話題ズレズレ・グダグダ感出てきます。

※前置きだけで、な、ながい…。

「数学はアートだ」と思うまでに読んだ本

とにかくこの本が無ければ私の中で「数学」の位置付けは何も変わらなかった、すべてのキッカケとなった本はこちら!

■『世にも美しい数学入門』
藤原正彦(著)、小川洋子(著)

映画「博士の愛した数式」を書かれた小説家・小川洋子さんと、御茶ノ水大学教授の数学者・藤原正彦さん、お二方の分かりやすい言葉での対談集。

「数学は、ただただ圧倒的に美しいもの」だとの言葉、衝撃的だったのは、数学者は美しくない未発見の定理を見つけたとしても発表することは愚か、発表したとて真の数学者からは賞賛どころかでその逆に思われるであろうと書かれていたこと。

「もしやもしや、数学者って途方もなくとてつもなく純粋な気持ちで”美”を追求する人達なのでは…」と思えた、私の数学史上最も衝撃的な一冊でした。

このブログ記事のタイトルは『「数学はアートだ」と分かるまでに読んだ本』ですが、この本がその9割程の役割を担っているといってもKDN。

ここから数学・物理の素敵な世界に興味を持ちはじめ、この本で紹介されていた数学や物理についての本を少しずつ読み始めることになったのです。

※ココまでで本記事のゴールは9割達成しています。
以下はこの4年位で読んだ印象的な理系本を、脈絡も関連も基礎知識もないまま、書き散らかします。

※詳しい方いらっしゃいましたら、ココから下、数学と物理を一括りしますので先に断っておきます、本当にすみません…。(それくらい理数系が苦手だったというコトですが、それでも面白いと思えるのは、きっと学問の魅力♡)

■『エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する』
ブライアン グリーン (著)、林 大 (翻訳)

「エレガントな」宇宙!!!
なんて素敵なタイトル…!!!

これは、今でも思い出す度に「好き」が増幅するタイトルです。ただただひたすら、タイトルセンスに惹かれて読んだ本。

エレガントな宇宙!!
その語感…!!!

「常識的に」考えると、物理や数学に「エレガント」という言葉は不釣合のように思えますが、たぶん実は、数学や物理の本質は「美しさ」や「エレガントさ」にこそ価値を置く学問なのです、きっと…。

相対性理論と量子力学の公式等も出てくる600ページ超えのズッシリ感ですが、分からない部分は黙々とスルー。

…しても楽しめた一冊!
そもそも、私が楽しみたいのは理論・証明・内容の「理解」ではなく数学者や物理学者の世界観や想い。彼らがしようとしていること、何を求めているのか、研究動機は何なのか。どんな時に喜びを見出すのか。

数式はスルーして、ストーリーを追うだけでも面白い!
同時に出てくる、これまでの人生で触れたことがない10のマイナス33乗メートル級の、途方もないミクロとマクロの世界と11次元まで広がる話!分からずとも、想像するだけで知的ワクワクがいっぱい詰まった本でした。

同じ著者の『宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体』も知的冒険の本。うまく読めば、世界の見え方が変わる(もしくは増える)本。…もはや数学ではないですが…。

次!
数学系文学作品!

■『フェルマーの最終定理』
サイモン シン(著)、青木薫(訳)

3世紀に渡って、多くの数学者が命をかけてその証明にのぞんだ「フェルマーの最終定理」にまつわる歴史小説(なのか?)、ノンフィクション。何名もの純粋な数学者の想いに触れられる本としてオススメ。「読み物」としてまとめられているため、数学ギライでも小説好きなら楽しめそうな一冊(逆に、専門性を求めるなら薄すぎるはず)。

「こんな美しい定理が間違っているはずがない」

どこで誰が言ったのか忘れましたが、数学者の一価値観を垣間見れた非常に印象的な言葉。あぁ、この方たちは自分が「美しい」と感動したその想いに、(尊敬の意を込めて)愚直なまでに純粋に自らの「美」の感覚を信じて向き合っている方達なのだなと感動した言葉です。

…だめだ!
あんまり昔、数年前に読んだ本。1冊1冊詳しく覚えていません。感動が伝えられません。ので以下、まとめてうすーく紹介。

■『心は孤独な数学者』
藤原 正彦 (著)

天才数学者3人の人生や人柄が紹介されている本。この本で初めてゼロを発見した国・インドの天才数学者「ラマヌジャン」について知りました。彼は、数々の個性的な定理を、証明すっとばして答えの数式をひらめく天才型。貧しい生まれでしたがその才能が評価されイギリスに赴くも、、、以下、ネタバレは本でお楽しみください。

「世にも美しい数学入門」で興味を持った藤原正彦さんの著書です。彼の数学系の読み物は、全般的に「文学」として読みやすいものが多くてオススメ。

■『ポアンカレ予想』
ドナル オシア (著)、糸川 洋 (訳)

「ポアンカレ」の語感が素敵すぎて興味を持った本。数学というと固い学問のようなのに「ぽわーん」とした語感なのが面白く…!知らない世界を知るは愉し。次に紹介する「トポロジー」もロマン感じるネーミングセンス!語源や意味は、しりません。

(この時期、勢いついて数学美学系の読書ジャンキーと化していた私には、タイトルやネーミングに惹かれるだけで読む動機としては十分でした。ただしつまらなければ平気で途中放棄するタイプ)。

■トポロジー系の本

と、トポロジー…。
また面白い名前が登場しました。もはや、数年前のことなのでタイトや著者は忘れました。

が、非常に革新的な見方を教えてくれた本。まさか、そんな世界の捉え方が大真面目にあるものなか…と思えた驚きの数学ジャンル「トポロジー」。

トポロジーでは、現実世界でみるモノの分け方が全然違う。
コーヒーカップ・ドーナツ・ちくわ・二重丸は同じ分類、でも、その分類とは違うけれど取っ手のないカップ・グラス・四角形・円形はひとつの同じ分類。知らないとまるでチンプンカンプンのナゾナゾですが、それも数式で表せてしまう不思議。

(一見、無秩序にパラパラと散らばる出来事にシンプルな法則・数式を見い出せたら、それは非常にクリエイティブで創造的・感動的なことと思います。もしそれが教育の現場で出来たとしたら、もしそんなスゴイ瞬間に自分が立ち会えたとしたら、一瞬で数学のことを好きになれたのかもしれません、)。

詳しい種明かしが気になる方は何かの本に理論的に書いてありますが、数学苦手な文系がゆるく大雑把に語ると…

その形をグニャグニャァ〜にした時、そこに何個の「穴」ができるかどうか、何個の「輪っか」になるかどうか、無限に伸びる輪ゴムが何本必要かどうかを分類基準とする学問(と理解している)。

このトポロジーで、私は世界の捉え方が広がりました。= あるルールや基準の元では「正しい」ことも、ルールが違えば「間違い」になると教えてもらいました。

その「正しい・合ってる・良い・悪い・間違っている・おかしい」は何基準なのか。それが分かれば、自分の価値観やモノの見方、自分や社会のモノサシが見えてくる。判定基準が変われば、白黒答えも逆となる。

トポロジーから考える正義と自分の価値観。
これまでの価値観と判断基準が覆されたトポロジーをもっと早くに学んでいたら、もっと早くに「正義」「正しい」の自分考察・哲学も楽しめたのかなぁ、、(といっても何か1冊読んだだけ)。

■『算数・数学はアートだ!』
ポール ロックハート (著)、吉田 新一郎 (訳)

つい数日前に読んだ本。
数年前にハマってしばらく忘れていましたが、久しぶりの数学系本。

著者の純っっ粋な「数学の美しさを伝えたい!」の想いがひしひしと伝わってくる一冊。その想いが子どものように純粋なので微笑ましく感じる部分もありました。

といっても、内容は現代の数学教育への痛烈な批判も多数。
しかしその根底に私が見たのは、美しくて楽しいはずの「数学」がこんなにも歪められていることへの怒りと悲しみ、そして一番底には紛れもない数学への愛(悲しみ怒りは、対象への愛があるから湧いてくる。愛は奥底にあるからちょっと見えづらいけれど)。

ただ、個人的には書名タイトル冒頭についている「算数」の日本語訳は不要では?と思ってしまいました。算数と数学は全く違うものではないかと…(ただ、私がしていたのは高校数学でも「算数」という行為でしかなかったと思っています)。

筆者の学校教育への想いについては非常に同感。
筆者は「数学教育」だけについて語っているのに、他のどの教科にも言える捉え方があるのはやっぱり面白い。
先のトポロジー的発想で判断基準を作ってみると、今の「学校教育」が「善」とすること「正義」とすること、その「基準」はなんだろうかと深掘りすると一貫性があったりする(私はその基準は好きではなく、筆者の想いに近いのですが…)。

とはいえ自分を振り返ってみると。
兎にも角にも莫大な影響を受けていたのは有無を言わさず「親の生き方」、だいぶ離れて次は「身近な大人の生き方」。しかも「言われたこと」ではなく「生き方・言葉の奥・行動の奥にある価値観」だなぁと思うのです。子どもは、思考が縛られる「常識・当たり前」が弱い分(曇り眼では無い分)、モノゴトの本質に鋭く素早く直行で辿り着ける気がします。

、、、「生きる」を楽しむ素敵な大人で在りたいものです。

※ただ、音楽や芸術、何事も「追求する」には所謂「暗記型」的な、無味乾燥なトレーニングも必要不可欠とは思っています。でも全てがソレになりすぎると、そこに魅力はなくなってしma…

、、、あ、、、

今日の記事も、書き散らかして。
まとまらないままコレにて終了。