恨み辛み嘆き悲しみ咲く時に♡オススメの伝統芸能。黒い気持ちの扱い方

恨み辛みや嘆き悲しみ咲く時に♡
伝統芸能「お能」はオススメ。

能の主役は怨霊幽霊、生霊たち。
恨み辛みや嘆き悲しみ、成仏しきれぬ残した想い、それらの気持ちが主役の舞台。

悲しみ怒り憎しみ。
SNSウケしない感情。

だけれど人の中にある。
ハレの日ばかりじゃない人生。

キラキラポジティブ、前向き思考に飽きたなら。
死ぬに死ねないドロドロとした思いを抱えた怨霊・生霊たちの「聞いてくれるかこの想い」に触れてみるも、また一興♡

死にきれぬ想いその訳は。
殺した感情、自分の中にもあるかもしれない。能みて自身を振り返る。。。

650年以上もの歴史を持つ日本の伝統芸能「能楽」。
能の物語は250程ありますが、そのほとんどは「夢幻能」と呼ばれる霊的な存在が主役となったお話です。

成仏しきれぬ未練の気持ち。
子どもを亡くして半狂乱の母、無念の死を遂げた武将、色恋沙汰に苦しみ命を終えた女性、地獄堕ちした亡霊たち…。

人の死や、目には見えないおぼろな世界。
「確かなもの」が重視される現代ですが、能はこれらがもっと身近なコトだった時代に生まれた芸能。現代ではフタをされがちな(でもとても大切なもの)に思いを馳せることができる舞台芸術…。

(黒い気持ちの扱い方)

よくある話の筋として印象的だったのが、霊たちが嘆き悲しみ、想いの丈を語った後には自然と消えるということ。

想いを語ると成仏していく…。
執着する気持ちは誰かに聞いてもらえたときに、自然とスーッと消えていく…。

私自身、自分の中にずっと押し込めてきた「黒い感情」と向き合う中で同じようなことがありました。

何年も蓋をして無かったことにしていた恨み辛み、嘆き悲しみ。ずっと向き合うのが怖かった過去にしまった出来事も、勇気を出して向き合い、紙に書いてみると、意外と大丈夫で気分がスッと落ち着いた経験があります。

女性同士のおしゃべりにも似たものを感じますが、大なり小なり、これはその暗い気持ちが「成仏した」と言えるのかも。

無視し続けた、自分が持ってる黒い気持ち。
蓋をし続けるうちにどんどんと、怨霊のように生霊のように、知らぬ間に自分の気持ちに暗い影を作っていく気がします(タタリ神?)。

弱いも黒いも自分の気持ち。
出て来きたものは、ただただそのまま認めていく。

私の場合はイヤな気持ちにフタをしたら、見事に腐敗、していきました。ゆくゆく怨霊になるくらいなら、自分の素直な気持ちを他でもない自分自身が、しかと聞いて認めてマルしてあげたいなと思います。

今よりも「死」や「不条理」がずっと多かった時代に生まれた「能」。物語で語られる多くの辛く悲しい気持ちの数々に、観る人はいつか、自分自身の想いを重ねる。。。

当時は墓に持って行くよりほか仕方が無いような気持ちもあったはず。
それを芸術の主役へと昇華した「お能」は、優しい優しい芸能でもあるぁと感じるのです。。。

 

@以下はいつもの余談。
何やら能に詳しいモノのような書き方をしましたが…。
かくいう私、能鑑賞は2回ほど。しかもまだ、何も楽しさが分からないレベル。能に関する内容は全部、最近読んだ本のにわか知識♡

能は1度や2度見ただけではその良さは分からないようで。10回以上…もっと必要かもしれない(今では好きなクラシック音楽もこうだった!これからも少し、接触回数増やそうかどしようか)。

今日のブログ記事は…アレです。
最近読んだ「お能」関連の書籍全体の読書感想文的な、強く残ったことを書いている感じです。

@現代は能と「狂言」がセットで上演されています。
「狂言」は今で言う「お笑い」のようなもの。しんみり深い系と明るい系のセットなので、バランス良好。(でも、予習無しの初めてだと、能も狂言も何いってるのか良く分からna…)

@自身の暗い黒い弱い気持ちとの向き合い方…。
これは、ル・グウィンの小説「ゲド戦記」のテーマでもありますよね!(映画は見てないので分かりません、原作の方です。中学の時ハマりました!)

「ゲド戦記」の副題は「影との戦い」。
自身が放った影に怯える主人公、逃げる度に大きく強くなって追り来る影。しかし思い切ってその「影」と向き合ってみると…。

ネタバレはアレですが、私もずっと逃げてきた人。最近やっと向き合えるようになりました。…と、今日も話がまとまりませんが、時間切れにてこれにて終了。