美白信仰なぜ物語、その参。都風俗化粧伝「顔面之部」にみる江戸の美意識

江戸時代後期に出版された『都風俗化粧伝』。

この本では、当時流行ったファッションや化粧・身のこなしについてイラスト付きで事細かに紹介されています。

書物が今より少なかった時代、きっと多くの女性の美容の「教科書」となったことでしょう。

「顔面之部」にみる江戸の美意識

脱線だらけなこのシリーズ。
当初のタイトルとは関係の無い方へ行きそうな予感しかしません…。

途中ストップも行く先も分からぬまま、ここはひとつ、気分のままに、風のまにまに第三回目…。

「顔面之部」冒頭

江戸時代のファッションや美容のバイブル本『都風俗化粧伝』。

第一部「顔面之部(がんめんのぶ)」には、当時の美意識がよく出ているこんな「頭書き」があります。

人生まれながらにして三十二相揃いたる美人というは至って少なきもの也。化粧の仕様、顔の作りようにて、よく美人となさしむべし。その中にも色の白きを第一とす。色のしろきは七難かくすと、諺にいえり。かるが故に色を白うし、肌膚の密理をこまかくなせる家々の秘方を得て第一に載す。次には面色白しといえども顔の備え揃わず、目元、鼻筋、口もと、眉毛のあしきを直す秘伝、口訣をもらさず出だして、西施・楊貴妃にもおさおさとなぬ美人となることを載す。

引用:『都風俗化粧伝』佐山 半七丸 (著),‎ 速水 春暁斎 (イラスト)、 1982年、平凡社、引用はp.12-13より

適当に訳…

(当時の美人の特徴だった)32相を生まれつき持っている美人はとても少ないのが現実。女性は化粧や顔の作り方で美人となるのです。

中でも色が白いのが1番大事。色の白いは七難隠すということわざもありますよね。

色白で肌のキメが細かくなるような各家々に伝わる秘技を集めたので、最初に紹介します。

また、いくら色だけ白くても顔立ちが整わず、目元や鼻筋、口元や眉毛が良くないといけません。

それを直す方法を漏れなく紹介するので、(当時の美人の代名詞だった)西施や楊貴妃にも決して劣らない美人になる方法を書いていきます。

「顔面之部」から思うこと・掘り下げ

この「顔面之部」から見るに…。

「色の白いは七難隠す」は江戸後期にはデフォルト美意識

現代でも通じるこの言い回しが、顔面の部では当たり前のように出てきます。この言い回し、日本では江戸中期の浮世草子「世間娘容気」で初登場?な模様(もっと前かも!)。

さらに色白信仰の起源を辿るべく何冊か読むと、古代文明から美白信仰が世界的に見られることが分かりました。

・「白」の持つ神秘性
肌のみならず「白」という色自体が、各国で宗教的な意味合いでも重視された背景もあります。

白は、すべての色(波長)が光として反射した時に目に映る色。人が見える全波長が跳ね返ってくる辺りが、体感として古代から神聖視されてきたのかもしれません。

光の反射で白と真逆なのが「黒」。
すべての光を反射する白に対し、黒はすべての光を吸収する色。ブラックホールの命名も、きっと黒のこの特徴からきている?

すると、「白黒つける」等の言い回しも言い得て妙。
光の科学で解明される前から、色の持つ本質的な意味を体感でキャッチしていた昔の人の感性ってスゴイ。私ももっともっと呼び覚ましたいものです。

・日本での白色信仰は弥生時代から?

面白いことに、縄文時代は「白の化粧」ではなく「赤化粧」だったようです。縄文化粧は赤土を活用した「赤と黒」の化粧文化だったとか。

「魏志倭人伝」には「倭人は赤色を身体に塗る」との文章もあるとか※2。縄文〜弥生の時代の変遷歴史と諸説について数冊読みましたが、こちらもなかなか面白いものがありました。

・白色信仰は、稲作の伝来とともに?

稲作(と白色信仰)の発祥地を辿ろうとしたら、人類発祥の地や神話にまで遡りました。

そういえば、ヤマトタケルの白鳥伝説…等と暇さえあれば読書に没頭。歴史のロマンに触れ、初めて歴史書にハマっていたこの数ヶ月なのであります…。

・history と his story

語源の真偽は知りませんが、「本能寺の変」も諸説アリなように、過ぎた歴史ひとつひとつにも諸説あり。

ただし、「勝者の歴史」が正史となる傾向は少なからずあるはずで、「敗者」が書いた歴史書が残っているのなら、全く別の世界が見えるのでしょう。

いくつか別の説の歴史書を紐解くと、それらはまるで「編集」作業のようにも思えてきます。

(もはや美白信仰と話ズレズレ…)

仏教の美意識の影響

「顔面の部」には、「三十二相が揃っている美人はとても少ない」と書いてあります。

「三十二相」というのは仏教で説かれる32種類の優れた相のこと。(32相はググると出てきますが、なかなか面白いですよ。)

現代では仏像や仏教絵画をみて「あ〜、この仏様みたいに長くて繊細な指だったらいいのに〜」という人は少ないでしょう。

しかし、実は今でも多くの「美の基準」の元をたどると、宗教的意味合いが含まれているものはとても多かったりします。

これは、「美とは何ぞや」という命題につながる面白い所。
古代から人は何に「美」を感じるかというと、それはきっと、精神的・心理的な要素も大きかったのでしょう。

時代によってコレほどまでに違う「美の基準」からも分かr…

・中国の美意識の影響

顔面の部の文末には「(中国の歴史的美女である)西施・楊貴妃にも決して劣らない美人となる」と書いてあります。

ココ、目指すべき美女として、日本美女ではなく中国美女を挙げているのが面白いところ。

日本の書物だと、歴史的美女として小野小町や衣通姫、木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメ)等が美人・美神として名を残しています。

しかし、彼女たちの名前は出てこない。
一部の国とだけ貿易をしていた江戸時代ですが、ココにも現代に通じる日本人の美女基準を垣間見るような…。

(「中国美人」を目指した江戸時代、「欧米らしさ」を美の基準とする現代。いつの時代も隣の芝は青く見えるのか、それともいつの時代も、美の”基準”も流行は作られるもの、なのかもしれません)

ともあれ!
かく言う私も西洋ドレスも好き♡

これは昨年、愛知県にある「お菓子の城」へ遊びに行ったときの写真。(若干ストレートネック気味な姿勢を治そう。。。

民族衣装や色んな格好もしてみたい!
(着物も好き!今年は自分で3回着ました!)

今日も話がズレズレ万歳♡
梅花咲き始める3月。

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※2『化粧せずには生きられない人間の歴史』石田かおり(著)、2000年、講談社