思い出は、思い出すから思い出なんだ。夢や希望は未来の思い出。

思い出は、思い出すから思い出なんだ!

誰しもありがちな「ひとり世紀の大発見」をして、しばし沸き立っていました。

が、それもつかの間。
「思い出すから思い出」とぐぐってみると、やはり既に先人ありき。

糸井重里さんの著作「思い出したら、思い出になった」や、歌人・佐藤真由美さんも同じことを歌にされていたことを知り、嬉しいような悲しいような。

、、、。

未来、現在、過去。

時間は逆から流れている?ことへの、個人的なアウトプット用記事です(最初は伝えようと頑張りましたが、ふわっと輪郭をなぞる感じが限界でした)。

■「思い出す」にある2種類の意味

1、過去のことを「思い出す」こと
2、なにかを「思い始める」こと

1の過去を扱う使い方が多いですが、
2ように、今あることを「思いはじめる」ときにも使います。

■思いをstartした時が、思い出が生まれる時

ある思いをstartした時が「思い出」ができる時。

思い出さなければ、その思い出は無いものと同じ。= 思い始めたその時に「思い出」が誕生する。=「今」生まれた。

■過去はどこにあるのか問題

思い出は「過去」にある。
過ぎ去った出来事が「過去」。

■それは本当に過ぎ去った経験なのか問題

何かを思ったとき
感情が出てきたとき。

それは

・新しい新鮮な体験なのか
・過去の何かを重ねているだけなのか

今を生きてると思っても、過去に囚われてばかりで過去の追体験しかしてないならば、それはまるで、過去を生きているみたい。

未処理の過去を、今になぞる。
無かったことにした過去の思いが、今にうづく。しっかり蓋した気持ちが、今の出来事を使って出ようと騒ぐ。

時と場所は違えども
その時、心は過去にいる。

■「今が未来が、過去を作る」

未来 → 現在 → 過去。
時間は逆から流れてるという言葉。

過去がどこにあるかと言えば
それは見えない頭の中。

今と未来のあり方で
過去は、好きに創っていける。

(どんな今と未来を創れば、「つらい過去」が「いい思い出」となるだろうか。「過ぎ去る」過去は、どこから流れてくるだろう。)

思い出は、思い出すから思い出なんだ。
そのとき過去が、初めて生まれる。

思い出すのは今だから
過去を作るは今の思考。

(何かを見た時、その時に
それが生まれるのかもしれない。)

■未来も「思い出」なのか問題

思い始めることが「思い出す」ならば
未来を思ったら、未来も「思い出」になるのだろうか。

ホントのところは思い出のひとつ。
だけれどそれは、夢や希望。

それは「言葉」のなせる技。

言葉は世界を区切って名付ける。
「時」のルールに従った言葉。

過去も未来もどこに有る。
それは見えない頭の中。

夢や希望は、未来の思い出。

、、、。

人類はじまりの言語には、過去形も未来形もなかったんじゃないだろうか。

きっと、過去形や未来形を持たない言語も世界のどこかにはあるはず…。と、再度ググってみると…

過去形も未来形、時間の概念だけでなく右や左・色や数の名前すら持たない言語の少数民族もいるそうです。

(とても分かる、その感覚!)

言葉が無い方がより深く分かり合えるのでは…?とたまに思う私の感覚としては、とてもよく分かります。

鳴き声や振動、人が聞こえる音は出さずとも種を続けていく動物・植物たち。

言葉のあやで遊ぶも楽しいけれど、動物的な感覚や直感を失えば失うほど、言葉が、表面が、細かくこまかく細分化されていくのかもしれません。