命とモノサシの数

もしもし。
こちら、リス王国。

私はここでは実験動物。
私みたいな動物に、どれだけ”知能”があるかを知りたいらしく、記憶力や嗅覚なども、合わせてテストをされています。

とっても難しいテストなんです。
数ヶ月前に自分で埋めたドングリを、大きな森で目印メモ無し、どれだけ掘り出せるかを、厳格チェック されるのです。

私は今年で2年目ですが、リス王国での平均点には はるか及ばず。寛大なリスの研究員も、私の ”知能” レベルの低さにあきれて、最終的にはごはんをくれます。

ドングリを掘り出すための、記憶力も嗅覚も、彼らに言わせたら「甚だ低い、有るとはいえないレベル」らしいです。

、、、

もしもし。
こちらは、カラス帝国。

ここでも私は実験動物。
この数ヶ月ずっと「飛行訓練」。私に空飛ぶ「学習」能力があるかチェックをされています。

しかしなかなか難しい。
頭脳明晰、カラスの白衣の研究員から、どれだけ丁寧に根気強くレクチャーされても、私の飛行能力ゼロなまま。せいぜい腕の筋肉が強く、なっただけ。

よって私の空飛ぶ ”学習能力” こちらもやはり、見事なまでのゼロだったのです。

、、、

もしもし。
こちらはチンパンジー平和共国。

ここでもやっぱり、実験動物になってみました。
精密機械を駆使してる、白衣を着ているチンパンジー爺の研究員が、私に”感情”があるかどうかをアレコレチェック、しています。

彼らの結論は面白く、私に「幸せ」の感情は無いという。それは彼らの世界の定義「幸せホルモン」なるものが、実験期間に私の身体に出なかったから。

だから私に「幸せホルモン」は無いんだって、よって私は「幸せ」感情はないんだって、結論された。

それは私がその期間、一度も「幸せ」を感じなかったから、なのに。

何日も家族や友達に会えず、コンクリートの狭い檻。
大好きなお味噌汁も無し、ダサい実験着を着て閉じ込められた、緑もみえない檻の中。身体につながれた電気コードも、とにかく邪魔で 仕方ない。

いつ開放かも分からない鉄の柵越しに、優しいけれども全然知らないチンパンジー爺に機械の画面を見せられたって、幸せなんて感じられない。

 

だけれど私に「幸せ」はある。
その期間、場所でその状態に、どうにも慣れなかっただけ。

私は学習能力だってある。
カラスのそれとは違うのだけれど、人はもともと飛ばない生き物。

私は知能や記憶力もある。
ドングリを見つける能力はないが、人間として、自分らしく生きる分なら持っているはず、、、。

モノサシは、尺度も長さも形も単位も
命の数だけありそうだ。

。。。

最近、素敵な本に出会う率が高くて嬉しく思っています。

本日は主に読書感想文。
素敵な本は、霊長類行動の世界的な研究者であるフランス・ドゥ・ヴァールさんの著作『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』。

タイトル惚れして読みました。
知性・知能にも通じる、ヒト以外の動物たちの認知についての最新研究と、動物たちの賢さについて書かれた本です。

叙情的な本ではなく、出典等も明記された研究事例がいっぱい!…、、なのですが、言葉の端々にあふれる動物への愛に何度もウルウル流れた一冊。

タコが自分をいじめた人間を識別すること、チンパンジーが行う人間のような政治的取引、状況判断して道具を利用するゾウ…。個々の事例も面白いのですが、私が大きく思ったことは、モノサシの話。

ひとつのモノサシだけで
何かを計ろうとする限界。

今の社会にも、そのまま当てはまる部分がありそうですが、それはそのまま、私自身にも当てはまることなのです(何かを批判したくなった時、振り返って自分を見ると全く同じものを持っていることに気がつく最近…)。

私が何かを ”判断”するとき。
私は、無意識に自分にしか当てはまらないモノサシ・経験則・考えでそれを計ろうとします。相手が自分と違うものを持っていたら、認めず否定したくなる時もあります。

でも、相手には相手にしか分からない世界観と実体験がある。
見えてる景色も感じる事も全然違う。楽しみ得意分野、生きる目的も違う別の人間だから、100%を理解すること事は到底できない。

 

「もしライオンが話せたとしても、私たちには理解できないだろう」※
こんな哲学者の言葉も、本では紹介されていました。とてもよく分かる気がします。

身近で大切な人であるほど、ともに過ごす時間が長いほど、知らずと似たようなモノサシを持っているものと。私はよく、いつのまにやら得意の勘違いをしてしまいます。

食べ物やお店、インテリアの好み。
自分とは違う単位や別のカタチが出てきたら、否定したり、同じ考えに”洗脳”したくなる自分もいます。

 

人間同士なら、身体構造や習性が似ているぶん動物よりは分かる部分も多いはず。それでもこんなに難しい。

違う種類の生き物なら尚更。
だから、本当の意味で「フェアな実験」というのは、きっととてつもなく難しいのだと思います。

でも、この本ではそこに限りなく近づこうと、動物の生まれ持った性質を理解したいと、既成概念とっぱらって試行錯誤し続ける研究者たちの行動がいくつも書かれています。

それはそれは、感動もの。
(とにかく視点が優しすぎる!)

そうしてそして、イラストもまた。
文章もさることながら、私はこの本の随所に出てくる挿絵も大好きになりました。

説明も兼ねて描かれる動物たちからは、描いた人が持つ彼らへの優しいまなざしが滲み出るにじみ出る…(どうあっても隠し切れない!)。

挿絵もコレ絶対動物好きが描いてるはず!と読み進めていると、まさに。イラストもまた、著者ご自身が描かれていると最後にあって納得しました。

作者の専門である霊長類は、中でもあふれんばかりの愛あるイラスト。見ているだけでほっこり幸せ感が湧いてきます。

【番外編】
「植物」の賢さがわかるほど人間は賢いのか。

本とは無関係な話ですが、最近は植物のことを少し知るだけでもその”賢さ”に驚いています。
そもそも「賢い」という尺度すら人間が創ったもので、それをモノサシにするのもアレかもですが

広島に原爆が投下された後、数十年は何も生えないだろうと言われた焼け野原に、真っ先に緑を見せてくれた植物は、スギナ。

畑の嫌われ者とも言われるスギナですが、最近は放射能や土壌成分の偏りをデトックス・調整してくれる効果があると言われているとか。

最適な土壌バランスになったら生える雑草も変わるとか、土地をキレイにしたらいなくなる植物とか、、、、な、、、ナウシカ…。

ただの性質と言えばそれまでかもしれません。でも、何も言わず何も要求せず、ごく当たり前に生えているだけで地球をきれいにしてしまう。この、分かりにくすぎるほど自然な ”賢さ”…。

動植物だけでなく、他人のことも。
私は全然知っていない。

だけれど一番身近な自分。
結局それすら全然知らないことを、なかなか ”自分する” をサボってきたことを最近は痛感しています。

自分さえ全然分かっていない私は、自分以外の生き物を完全に理解することはまだまだできそうにありません。

でもだからこそ、違いや背景を知ることが大切で、「知る」ことから敬意につながることもある。

ヒトでも動物でも、自分と別の生き物を最大限に尊重できる ”適当な” 距離感の取り方もまた、日々実験だなぁと思ってみたり。。。

 

※引用部分
『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』フランス・ドゥ・ヴァール (著), 松沢哲郎 (監修), 柴田裕之 (翻訳)、紀伊國屋書店、2017.8 18ページより。

冒頭の話、すこし動物たちに失礼な気もしましたが、分かりやすいので書いてみました。チンパンジーやカラス、リスたち動物が私にそんな実験はしてないし、画策すらしていないことは明記しつつ。。。