自然と私の位置関係。自然という家に暮らす

最近うれしかったこと。
ナチュラルクリーニングに興味を持って、洗剤を変えた友人がいること。

その手の話になったなら。
私は勝手営業マンかというほどに、熱く語ってしまうのです。

。。。


秋ですね。にゃー!

シャンプー・リンス・石鹸・洗剤・このあたり。
シンプル素材にするほどに、お風呂のヌメリや湯垢がグンと減った。ナチュラルクリーニングなら、洗濯槽すら一緒に掃除をしてくれる。

ひとつふたつの原材料で洗うから、掃除そのものが楽になった。めんどくさがりな私にピッタリなのです。

選ぶ・迷う・買う・運ぶ・使う・捨てる
モノによっては、これらすべてをショートカットしている世界。

まるでAiかといえば、それは明らか言い過ぎですが、余った時間やお金、労力は、好きなことに使えてしまいます。

ベースが分かれば、とても楽。
何事も、本質はとてもシンプルなかと思うこの頃。

。。。

 


自然と私の位置関係


 

自然に優しい暮らし

それはそのまま
そっくりそのまま

身体に心に
健康に美容に
家庭に人に

優しくて楽な暮らし方

。。。

最近は、こんなことばかり考えています。
何名かの友人に話す中で思ったこと。自然と私の位置関係には、この2パターンがありそうなのです。

・対立型
・内包型

言葉よりも図が早い。
自然と人の位置関係、見つけた認識この2つ。

◎対立型
自然と自分は別物

◎内包型
自分は自然の中にいる

 

対立型は、自分←→自然。
別モノだから、切り取って冷静に客観的に分析できる。若干「VS」感がある気もしますが、西洋の自然科学はこの視点で発展shit…(※言うほど詳しくない)。

一方の内包型は、自然の中に私がいる。
だから、「自然に優しい=そのまま=私に優しい」。

自然を大切にすることは、自分の家を大切にすることと同じ。長〜い視点で見てみたならば、きっとメリットだらけなのです。

 

しかし時には猛威も振るう。
そんな時こそ人の智慧を使えたら。(理想論かな、経済や今の力関係などはあれど、少しずつシフトできたら素敵すぎる)。

例えば、土砂崩れしにくい道路の作り方。
土や土壌、森の仕組みに詳しい人なら、そのための智慧を持っているはず。

例えば、水害が起きにくい森や木の保ち方。
森林の土の驚くべき保水力に詳しい方なら、用水路や公園にその知識だって、きっと生かせる。

例えば、土地を豊かにする農業の仕方。
自然栽培や協生農法、全然詳しくないですが、近い気がしています。

 

だけれどエラそに、雨が降るなか快適な部屋でブログを書いている、この私。

人生初の家庭菜園、見事に失敗しています。この夏のべランダのプランターはひたすら失敗、収穫ゼロな人なのです。

土壌や森のスゴさの一片に、真に興味を持ち始めたのは、この数年の話なのです。私はまだまだ全然、知っていないしできていない。。。

 

大きなこと↑は、1人ではすぐに変えられない。
今できるのは、私の暮らしの範囲内。

意外とたくさん潜んでる。
そこかしこに散らばっている。

使うもの・食べるもの、それらが作られる仕組み。どうやって育ち、何が使われ、どこでどう加工されるか。

自然の方を向いている、中小企業や個人のサービスを使う。そういう人を応援すること、そこにお金を流すこと。

お金の大きな廻り方、情報の作られ方
法律の作られ方や政治の話、それすら自然に、大きくおおきく繋がっていく。。。

情報の出所は大事。スポンサーで答えは全く違うから。健康美容、色んなモノの教科書や研究も然り。直接的に&間接的にお金を出してくれる人や団体がいるとき。自分だったらどうするだろうか。根拠となる論文まで辿ったところで、スポンサーが見えるかは霧の中。あとは動物的な”嗅覚”を、いかに現代生活で麻痺させないかは大切だなぁと思っています。麻痺させやすいものは、具体&抽象どちらもあふれているから。