借り暮らし中な、Gと私の御伽草子

朝晩は虫の声

そろそろ見なくなる時期
水場に出やすい黒いG

殺生は避けたいが
苦手なのも仕方ない

健康・美容のために
化学兵器も使いたくない

北海道生まれの友人は、中部へ来て初めて出会ったときはカブトムシ♀?と間違えたとか。人は確かに、色んなモノコトに慣れる。経験値の問題だろうか。

しかしそれでもどうにかしたい。
条件をすべて満たす、良い方法はないだろうか。

浮かんできたは、ひとつの対策。
ウソみたいな聞いたお話、本づて人づてに知った話から、最近とあることを実行中です。

むかし夢見た魔法みたいな、おとぎ話の世界の一部。最近うすらと信じかけてる、ホントにあるかもしれない世界…。

この数年。
自然栽培の本や話で、面白いエピソードに何度か触れました。

「自然栽培」とは、農薬や化学肥料を使わないで、時に数十年かけて土を耕し、作物を育てる栽培方法のこと。

言葉にすると4文字ですが、どんなことにもトライ&エラーの連続はあり。その試行錯誤の話のなかに、作物を食べてしまう動物たちとの興味深い話があります。

それは、動物と ”話せた” というエピソード。
”話せた”  とは言葉のあやで、実際は、畑を”荒らす”動物と見事に意思疎通できたお話です。

例えばこんな。。。

「生きるために食べていいから、こっから向こうだけにしてくれ。こっちは私の生きるぶんだ」という旨を、伝えた時からその境界線が、ずっと守られているという話。

ルールはそれぞれですが、約束した条件を満たすものだけ食べる動物たちがいるとか。その農家さんが必要な量には、手をつけないでいてくれるとか。

純粋に場所の線引きなこともあれば、「皮をむいたトウモロコシならOK」という条件も聞きました(多分それは、動物たちの必要量を理解したものとは思う)。

中には「鶴の恩返し」的な話。

思惑通り、狙っていた動物の子どもが罠に捕まった。土を耕し苦労し続け数年。やっと実った作物なのに、それらを食べに食べる動物がいる。散々憎んできた動物を、狙いどおりにやっと罠にハメられた。

「やった!」と喜んだ次の瞬間。
見えたものは遠くで心配そうに見つめる、その子どものたぶん親。

、、、。

ハマった子どもとその母親を、何度か交互に見る交互に、、、。
悩みに悩んで結局は、罠から子どもを助けてしまった。

解かれた子どもは、母親のもとへ。
そして奥へと去っていく(せっかく良いチャンスだったのに)。

、、、。

するとその後からパタリと、畑が荒らされなくなった。
指定場所以外の作物を食べられることは無くなった。動物に困ることは無くなったいう、お話おはなし。。。

まるでまるで、おとぎの世界。
最初は「そんなことも、あるのかぁ」位。だけれど何度か別の話も聞く度に、健康・科学?の面白話と合わさって、スッと入ってくるようになりました。

「伝える」とは、具体的には何をするか。

コミュニケーションとは面白く、「伝えたこと」ではなくて「伝わったこと」で進む。「どう伝えるか・何を伝えるか」よりも、「相手に何が伝わった」か鍵。

丁寧にキレイな声で口角あげて「ありがとう」と伝えても、怒りが伝わることもある。乱暴に「ふざけんな」と言い放っても、「照れていて嬉しいんだな」と伝わることもある(コレ間違うと、ストーカー的…)。

「何を言うか、何するか」
ではなく
「何が伝わったか」

動物に何がおきたのかは分からない。
だけれどまるで「この食べ物を食べ続けるには(生きるためには)、このルールが必要だ」と伝わったかのような事態。

言葉はなくても一瞬で状況が分かるとき。
対人ですが、私もそんな経験はあります。何を話していなくても、立ち居振る舞いで痛いほどに分かるとき。そこに言葉は何もない。

農家さんの本気の何かが、動物に何かどこかが伝わったのだと思っています。
(必要以上の殺傷や争いのない自然界で、単純に「棲み分け」ができただけ?動物の「威嚇」は、種類の違う分類の動物にも有効だし。。。)

どちらにしても、私は体験していない、本や人から聞いた話。ホントかどうかは、人の中。

だけれどコレは、とても好きな話です。
私もそんな経験が、できたら素敵と思うのです。

、、、。

…と、いうことで!
私は夏に現るアイツに、何とか伝えようと試行錯誤。ひとりでアレコレ、メッセージを発しております。彼らの苦手な自然香も常備してはいますが、伝えるべくはこの部分。

危害は加えないし、知らないところで食べて暮らしていいから、私の視界内にだけは現れないで

、、、

今のところは数回失敗しておりますが、きっと上手く、いくことでしょう。

そうして私も、Gと同じく
今日も地球に借り暮らし。。。