「おじいさんのランプ」英断と文明とは:的はずれな読書感想文

時は文明開化
とある田舎の村に

1人のみなしご男の子
小間使いしつつ日和を生きていた

「男たるもの身を立てたい」
出かけた街で見かけたランプ

初めての明るさに惚れ
ランプ屋はじめて商売繁盛

やがて身寄りのなかった
少年にも嫁と子どもができた

しかし時代は押し寄せる
ランプよりも明るく便利な
電気がやってきた

このままでは商売あがったり
その時、彼の行動は

。。。

「おじいさんのランプ」。
「ごんぎつね」や「手袋をかいに」等を生み出した、新美南吉さんの童話です。

ここまでだと、童話の紹介文。
書きたい内容ゆえに、このままネタバレあらすじ少し続けますこと、少し蛇足をご容赦ください。

。。。

街でみてきた電気
ランプじゃとても敵わない

どうしよか、どうしよか
気を病み寝込む

村に電気をひくと決めた
大恩ある区長が悪いんじゃ

区長の家に放火してしま、、、

うことはできず
夜の池でひとりランプのお葬式

。。。

物語の山場はここ
夜の池のほとり。

時代の波を感じてランプ屋を閉めると一大決心した彼が、池のまわりの木の枝に全てのランプを灯して石をぶつけて割るシーンです。

真っ暗な夜。
木につるされて、こうこうと輝く大小様々なランプ。

ビジュアル的にも非常に美しく、見栄えがするものとなりそうです。間違いなく、物語を飾る山場といえそうです。

 

しかし私の中での山場は一番最後のページ。
彼はそこで、非常にかっこいいこと言うのです。非常に賢い人智あふれるセリフを言うのです(※)

じぶんの古いしょうばいがおやくにたたなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。いつまでもきたなく、古いしょうばいにかじりついていたり、じぶんのしょうばいがはやっていたむかしのほうがよかったと言ったり、世の中の進んだことをうらんだり、そんな意気地のねえことはけっしてしないということだ

これは決して決して。
文明開化の話ではなく、時代の流れの話でもなく、まさに今も起き続けていることでもあると思うのです。

「しょうばい」という言葉
これを何と捉えるか

時代も科学も環境も
どんどんと変わる

科学的に「正しい」とされたことも、次の日には覆されることはずっと繰り返し続けている。「地球は動いている」と言って笑われた彼、は今もたくさんいるなぁと思うのです。

自分の日々の暮らしや大切な人を支えていること。
それらの大前提を失いそうになったとき。自分がしていたことが、時代や環境に合っていないと分かってしまったとき。

どれだけそれを正視できるか。
どんな決断をするのか。

「おじいさんのランプ」の中には、読み書きを教えてもらった大恩ある区長さんの家に火を放とうとしたエピソードがあります。

とても無意味な逆恨み…
と、私は他人事のように言えるのだろうか。

実際問題今の社会で。似たようなことやそれ以上なことは沢山たくさん起きていると、思うのです。大きな資本主義に呑まれて見えにくいのだけれど、構造としては同じこと。

 

これ書く私も同じ。
今の暮らしを続けたら、地球や自然は人が住めない場所になるのは時間の問題。増え続ける正視できないゴミの山。

フラクタル。
外の世界が気になるときは、私も同じカタチのものを持っている。私に無いのは見えはしない。

空の上から俯瞰して、同じ構図を自分の中に探してみれば。それはいくつかあるのです。私はどこまで「おじいさんのランプ」の彼の、英断に近づけるだろか

。。。

非常にかっこいい生きザマが描かれたランプの話。

しかし、ここでもうひとつ疑問。
ほんとにランプは役立たないのか。

日々の便利な生活では、すっかり姿を消したランプ。すべて電気や新しい何かに取って代わる。

だけれど電気も電池も無くなったなら。
(今はそれらは一般人は簡単には作れない、エネルギーだけではなくて、すべて一次元化して何かに頼るということは、それらが断たれたならば…

 

そうして「文明開化」とは。
たった100年程で、(食べ物も住処も頼りきりな)自然を無くす速度を驚異的なまでに上げてきた「文明」とは何だろか、と思います。

ランプと電気。
さてどちらが文明的で洗練されているかといえば。そんなものは、使う人により何とでも。変わるものだと思ってしまうのです。

 

あぁ、話は二転三転、ズレるばかり。
そもそも私、この童話の存在を知りませんでした。

知ることになったキッカケは、新しくはじめた日本の弦楽器「胡弓(こきゅう)」です。なかなか珍しい楽器なので、関連図書を読みたいとググってみたらなら見つけたのです。

新美南吉さんの童話選集「ランプと胡弓ひき」。
この本には「おじいさんのランプ」と「最後の胡弓ひき」という2つの童話が掲載されていました。

今、私が最もフューチャーしている楽器が出てくる「最後の胡弓ひき」について書こうとしたのですが、こちら「ごんぎつね」のような非常に切ないお話で。

逆に、上記引用しました「おじいさん」のセリフは力強くかっこよくて印象的で、いつのまにやらランプの読書感想文。

 

いつの時代も、誰も知らない英断を
ひとり黙々行う人はいるのでしょう

無数のそれらに支えられて
ほんとの歴史はできていると思うのです。。。

 

※の引用
新美南吉『ランプと胡弓ひき (新美南吉童話選集)』、大日本図書、1973年、引用は35ページより。