「折り合い」から始まり、巡る思考がエンドレス。。。

折り合い・妥協。
大人になるにつれて、増えていた気がします。

。。。

できるだけ、環境負荷のすくない暮らし方。
シャンプー・リンス・歯磨き粉は高校生でやめたし、一般的な化粧品や洗剤もこの5年程で使用中止。

洗剤・買い物する場所・食べ物・お金を巡らす企業やその先のそのまた先。
人工度が強いものは、ニオイからして近寄りたくないし美味しくないと自然と避けるものが増えるくらいには、続けている。

素材本来の美味しさや自然の美しさ。
毎日の”普通の” 暮らしが本当に恵まれていること。

前よりずっと、気付けるようになりました。
幸せだなぁと思えるようになれました。さらに昔ながらの知恵が生きる暮らしを深めたいなぁとも思います。

 

だけれどやっぱり、それでもとても。
自分勝手だなぁとは思うのです。できることはしているけれど、「折り合い・妥協・それは無理」だって、多い。

その意味で、恐れ多い方がいます。
自己矛盾がとても少ない方なのです。

小児科医の真弓定夫先生。

お会いしたことはないですが、何冊かの書籍を読んだり映像をみたり。私が「本物だなぁ」と評価するすらおこがましいような方です。

真弓定夫先生は、暖房冷房は使わず、浄水器も使わない。

それらを使えばやっぱり、回り回って環境負荷を増やしてしまう。(一人分だけ)たった小さなことかもしれないけれど、そこまで生き方を通せること、本当にすごいこと。お医者さんなので、浄水器を使わないことの意味も、より深く理解されているはず。

身体のことに関しても。
本には彼の小児科医としての考えや態度が書かれています。私はそれを非常に非常に大好きです。

身体はなぜ、痛みや熱やアレルギーを出すのだろうか。
何千年と文明の利器なしで生き抜いてきた知恵がそこにはあるんじゃないか。

熱の知恵・身体の知恵

それを深く深く、深く知らずに、このたった数百年程度で生まれたものでどうにかこうにかしようとしても、それは賢明なのだろうか。私は思ってしまうのです。

表と裏はそれで一つ
とても光るきれいな所があれば
とても暗い真っ黒な所もある(だから光は光れるのだけれど)

光だけの選択はできないから
闇も一緒についてくる

だけれど光だ闇だ
それすら私の解釈でしかない(動物はそれを「良い・悪い」で “差別” するだろうか)

。。。

そんなことを思いつつ。
私は今日もこれからも、浄水器のおいしいお水を飲み続ける選択をする。何なら水道管から浄水できるのを使いたいとすら思っている。

私の健康や美容のため。
私が身体を崩せば誰かが哀しむ、人のため。未来の子どものためで、それは種の存続のためにもなる。

キレイ事はたくさん言える。
だけれどそうして、環境を壊しながら、生きている。

生きている植物を食べ、生きていた動物を食べ、間接的にそれらを壊した場所に住み、今もそれらの生きる場所や植物をうば・・・

なんて残酷。

あぁ、なんだか一見。暗いような着地点ではありますが、それを直視しないよりは、見止められるようになれたのは多少、よかったなぁとは思います。

植物の動物の、生き物の死に、支えられて生きている。
そう思うと、生きるは本当に感謝。

だけれどまた次の瞬間にはすぐに。
どんどんと生まれる不満や欲。なんて身勝手なのだろうと思います。

だけれど、しかし。
そんな勝手で残酷な自分が生きるということをひとつ、認められるようになったのは、まわりの人がいてこそで、平和と豊かさの中で生きているからこそで。

。。。と、延々と、終わりなく。巡る思考はエンドレス。。。
(いつもブログのカテゴリ選択、迷いすぎて結局複数選択…だってどれかで割り切れない・・・つながる面々・・・)

やさしい世界が、広がりますように。。。